岩本輝雄 その後

岩本輝雄さんは、現在では芸能プロダクションと契約をして、タレントとしても活躍中です。
しかし、やはりサッカーを愛する気持ちや情熱は岩本輝雄の中に、まだ熱く残っているようです。
子供たちのサッカー教室等の活動も、岩本輝雄さんのそんな情熱が
動かしているのではないでしょうか。

岩本輝雄さんの選手生活は、怪我に泣いた選手生活ではありましたが、
2006年のFIFAクラブ選手権のピッチに立ったのは、
三浦和良選手以来2人目の日本人選手であること、
そして、岩本輝雄さんの左足から繰り出されるテクニックと攻撃力は、
サッカーファンは忘れられない事でしょう。

ベガルタ仙台に在籍中に見せた、約30mからのロングシュートはファンの方はもちろんですが、
岩本輝雄さんご本人も忘れなれない想い出になっているのではないでしょうか。

これからは、解説者としての岩本輝雄さんを見る機会が多くなるかと思いますが、
現役時代の岩本輝雄さんの左足を見て憧れてサッカーを始めた子供たちも多い事でしょう。
そんな子供達に夢を与えるような存在であって欲しいと思います。

岩本輝雄とサッカー

2006年6月に東海道の旅の番組が終了し、
岩本輝雄さんは、クラブチームでの練習に参加して順調に仕上がって行きました。
その年の8月には、Jリーグのクラブチームとの契約交渉まで話が進んだ事がありました。
しかし、その後の進展が無く、岩本輝雄さんとJリーグチームとの契約は実現しませんでした。

海外へ活動の場を求めていた岩本輝雄さんの元に、
ニュージーランドのオークランドシティーからオファーが届きました。
その年の12月に控えていたFIFAのクラブ世界選手権のために、
即戦力として実績と知名度のある岩本輝雄さんが選ばれたのです。

しかし、オークランドシティーはアマチュアのクラブチームでした。
そのため、試合に出場しても、報酬はほとんど無い状態でした。

それでも、「サッカーがしたい」と強く思っていた岩本輝雄さんは、掛け合いました。
結果、10月19日に7週間という短期契約を結びました。
岩本輝雄さんは、2年ぶりに現役の復帰を果たし、ピッチに立ったのです。

12月、FIFAのクラブ選手権で途中参加ではありましたが、2試合に出場しました。
この2試合をもって、岩本輝雄さんは現役を正式に引退したのです。
その後も、湘南ベルマーレからオファーがありましたが、岩本輝雄さんは断りました。

岩本輝雄と旅番組

岩本輝雄さんは2006年4月3日から6月16日まで、
BShiで「旅人岩本輝雄」として東海道五十三次を東京の日本橋から京都の三条大橋までを
完全踏破する模様を放送していました。

歌川広重の「東海道五十三次絵」を画いたポイントに必ず立ち寄り、
絵が苦手な岩本輝雄さんは写真を撮る、または日記に必ず宿場になったところの
郵便局で風景印を押すという旅を続けていました。
岩本輝雄さんは、絵が非常に苦手であった事もあって、親しみがありました。

その長旅が功を奏してか、番組が終了するのを待って
イタリアで癒着してしまっている足の患部の手術をする予定だったのですが、
約500km歩いた事が良いリハビリになって、足の痛みが和らぎ、
岩本輝雄さんは再びトレーニングを始める事が出来たと言われています。

他にも岩本輝雄さんの活躍は多岐に渡っています。
2008年の教育テレビのスペイン語講座では、得意のスペイン語を活かして、
試験のコーナーではトップ賞を沢山受賞する等、語学面でも才能を発揮して行きました。

岩本輝雄と怪我

岩本輝雄さんは、サッカー選手としての華やかな活躍の裏では、
怪我に泣かされた選手生活でもありました。

1995年、岩本輝雄さんは短期留学したブラジルで右足の甲を痛めました。
代表定着を失うと、リーグ戦では左膝の靱帯を痛めてしまい、
筋を移植・半月板を一部切除するという大きな手術を2回も経験をしました。
そのため、岩本輝雄さんはアジアカップウィナーズカップの初制覇に同行出来無かったのです。

その後、岩本輝雄さんは色々なチームを次々と転々と移籍しましたが、
怪我がきっかけでレギュラーどころか定着もできずに、
ヴェルディ川崎では岩本輝雄自信から自主退団をしています。

2004年に入団した名古屋グランパスエイトでは、現役生活を脅かすような怪我に見舞われました。
ジャンプ後に着地に失敗して、右足首を痛めました。
診断では、靱帯の一部損傷との事だったので練習に参加していたのですが、
一向に痛みが治まらないので別の医師の診断を受けたら、
捻挫だと言われたりと症状がはっきりしませんでした。

しかし、実際には負傷した時に足首の靱帯を断裂していたのですが、
手術の前例が無かった事もあって発見が遅れ治療が遅れた事もあって、
2回手術を行いましたが歩行は出来るようになったものの痛みが残ってしまい、
軽い運動でも足が腫れあがってしまうほどでした。

その怪我の手術がきっかけで、疲労骨折を起こしたりと岩本輝雄さんの選手生活は
怪我との戦いの選手生活と言ってもよいでしょう。